福祉国家を目指す市民の会

弱者を支援する社会保障から弱者の尊厳を守る社会保障へ

右か左かとか上か下かとかいう人たちは真ん中の人たちを忘れている。

宮本太郎の「生活保障 排除されない社会へ」を読んだ。

そこにはこう書いてある。

労働市場の構造と社会制度が生み出す断層が人々を隔て始めている。(中略)このような社会的断層が現れた以上、人々の間に利益対立が生じていることは否めない。問題なのはこれまでの政治が、利益対立を調整するよりも、そこにある緊張関係を政治的に利用し、動員してきたことである。日本社会にあるさまざまな「特権」や「保護」を剥奪することでさまざまな格差が縮小するかのように論じられた。しかし、冷静に考えれば分かるように、それだけではむしろ亀裂を拡大することにしかならない。

正社員、公務員の特権とされるものであれ、低所得層への保護のあり方であれ、常に検証が必要なことは言うまでもない。しかし、ここに見られるのはバランスのとれた検証ではなく、やみこもに特権や保護を叩き、これを引き下げることで政治的支持を拡げようとする言説である。あるいはそれを見て溜飲を下げる態度である。

丸山真男はかつてこのような政治ののあり方を、基底にある政治文化への批判も含めて「引き下げデモクラシー」と呼んだ(『「文明論の概略」を読む』)。

原因が定かでない不安が拡がると、「公務員の既得権」「特権的正規社員」「怠惰な福祉受給者」等々、諸悪の根源となるスケープゴート(いけにえ)をたてる言説がはびこり、人々の間の亀裂が深まる。多様な利益を包括する新しいビジョンを提示する意欲と能力を欠いた政治家ほど、こうした言説を恃む。そして「引き下げデモクラシー」が横行する。

 

 残念ながら現状の山本太郎は「多様な利益を包括する新しいビジョンを提示する意欲と能力を欠いた政治家」になってしまっている。

 山本太郎は「右か左かではない上か下かだ」と言い、経団連竹中平蔵を目の敵にし、ひたすら目の前の弱者救済と消費税の廃止を訴え、その財源は「金のあるところから取れ」と大企業富裕層への課税強化を訴えている。

右でも左でも上でも下でも仮想敵を作り、対立を煽ることで支持を集める手法は小泉純一郎橋下徹と変わらない。

山本太郎の主張は、主に負担をする中間所得層から上の人々に、社会的弱者が「自分たちの負担で社会保障にただ乗りしてる人々」という印象を与え、今もあるナマポ叩きのような弱者叩きやマイノリティ叩きのような風潮を助長し、分断を強化するだけだ。

確かに夏の参院選の結果が示すように、「れいわ」以外の野党は、社会的弱者の支持を得られなかった。

しかし、一応、包括政党である自民党に勝とうと思うならば、特定階層の指示だけでは政権奪取には不十分でもっと広く支持を集めなければならない。

参院選後、朝日新聞に「このままでいい理由」という見出しの記事が載った。

(「安倍支持」の空気 2019参院選)このままで、いい理由:朝日新聞デジタル

  自民党に投票した有権者の声を集めたものだが、その中でこんな声があった。

野党の演説って弱い人を助けようって強調するものばかり格差社会って仕方ないって思うんです。努力した人生は否定されるものじゃない

 

右か左かとか上か下かとか言う人は真ん中の人たちを忘れている。

確かに日本は格差が拡大し、貧困層が広がっている。

しかし相対的貧困率で16%程度と社会のマジョリティではない。

社会的弱者の救済も大事だが、なんだかんだで大多数は中間所得層に属していて、こうした人々にとって弱者救済を強調する野党は、自分たちの方を向いていないと思われているのではないか。

真ん中の人、つまり障がい者でもない、マイノリティでもない声無き普通の人々、こうした人々に届くような政策を打ち出さなければ風も吹かないし、選挙にも勝てない。

自分はそう考えるのである。